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仏陀坐像 sa 98
ビルマ シャン美術 17世紀
材質 大理石 高 14cm
掌の中に包み込める程のなんとも可愛らしいサイズの大理石のシャ
ン様式の仏陀坐像です。
ビルマは大理石の産地で、数十センチから数メートルにも及ぶ大理
石の仏像が寺院などで見られます。
頭部の肉髻の上の突起が欠損し、顔の表情も彩色が取れはっきりし
ませんが、雰囲気のある作品です。
この小さな大理石の仏像はストゥーパ内に奉納された仏像と思われ
ます。
ビルマ(ミャンマー)の大理石は、氷の花と呼ばれる美しい上質の大
理石などで知られ、透明感のある白く美しい大理石で仏像が制作さ
れます。
この仏像も、まるでガラスのように光を簡単に通し、その光は涼しげ
で大変魅了されます。
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織機の滑車 sa 49
ビルマ マンダレー美術 19世紀
材質 ブロンズ 高15.5cm(展示台込 28.5cm)
マンダレー美術の織機の上部に取り付ける部品の滑車です、上半身が人で下半身が鳥の仏教美
術に登場するキンナラを装飾しています、滑車部分の中空のドラムには、金属球を入れ、織機の糸
が進むたびに回転しカランカランンと音が出るように作られています。
この手の滑車は木製のものやこの作品のように金属製のものがあり、金属製のこのキンナラは作も
良く可愛らしい作品です。
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誕生・七歩行 sa 100
カンボジア 19世紀〜20世紀初
材質 象牙 高 11.5cm
マーヤ夫人がお産のため帰省の途中、休憩に立ち寄ったルンピニー園
で産気づき、アショーカの樹の枝をつかむと、右脇より痛みも無いままシ
ダ−ルタ太子(釈迦)が誕生しました。
太子は生まれるやすぐに立ち上がり、七歩進み「天上天下唯我独尊」と
獅子吼されたと言われます。
この作品では自然のなかで折れた象牙に、仏陀の物語りから、誕生そ
して七歩行の場面を彫刻しています。
アショーカの樹に右手でつかまるマーヤ夫人、その横で布をもっている
のは、マーヤ夫人の妹マハープラジャーパティーです。
太子が七歩行した一歩一歩の跡は七つの蓮華で表されています。
天上界の雲の上から、梵天(ブラフマー)と帝釈天(インドラ)が仏陀の
誕生を祝福しています。
各場面の間にカンボジアの文字が刻まれています、おそらくこの物語の
解説と思われます。
カンボジアで仏陀の誕生の場面は好まれますが、このような作品は珍
しく、素材からも良く手に馴染み、掌の中で転がし楽しめる作品です。
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仏陀坐像 sa89
タイ アユタヤ美術 17世紀
材質 ブロンズ 高 16cm
アユタヤ王朝期 17世紀の仏像でアユタヤ美術の仏像は前時代のタイ各地の仏像様式を吸収し
混成的な像様を示しています、この仏像はカンペーン・ペット様式を継承する仏像です。
小型の仏像ですが、欠損や補修の無いまとまりの良い仏像です、腕、肩、台座などに浅いクラックが
入ります。
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仏陀坐像 sa103
タイ ランナー・タイ美術(チェンセーン美術) チェンセーン シン3期様式
17世紀 材質 青銅 高 18.cm
チェンセーン美術仏像ですが、この仏像はナーンの仏像です。
ナーンは、ラオス国境を接する
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経典箪笥金箔画扉 sa93
タイ ラタナコーシン様式(バンコク王朝) 19世紀
材質 木・漆・金箔・鉄 高 105cm 横下部 77.5cm 上部 73.5cm
アユタヤ王朝17世紀頃からみられバンコク王朝へと受け継がれた、タイ
の華麗な金箔画です。
この作品は台形をしたタイの経典を収納するための箪笥の扉部分です。
木地に何度も繰り返し漆を塗り磨き上げ、箔画を施したタイを代表する
美しい箔画で、片面は箔画の剥落が見られますが全体の雰囲気は良く
古鉄の金具も残り、時代を感じさせる作品です。
時代のある美しい作品で、現代のモダンな住空間にもインテリアとして
優雅で素晴らしい空間を作り出します。
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宝冠坐仏 sa 9
カンボジア 19世紀
材質 木・漆・金箔・ 高46cm(台込50cm)
16世紀には王都アンコールの地もタイのアユタヤに占領され、アンコールの地を放棄しクメール王朝
は消滅し、クメールの人々は20世紀半ばまで独立を回復することは出来ませんでしたが、美術はタイ
やビルマの影響を受けつつも、クメール民族は自身の美をつくり続けます、下段に同じ19世紀のタイの
仏像が紹介されています、宝冠を付け、豪華な衣装で飾られる仏像です。
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仏陀坐像 sa102
タイ ランナー・タイ美術(チェンセーン美術) チェンセーン シン3期様式
16世紀 材質 青銅 高 18.8cm
タイ族最初期の純粋なタイ美術がタイ北部で始まります、ランナー・タイ美術又はチェンセ ーン美術と呼ばれます。
チェンセーンは当時の重要な都で多くの美しい寺院遺跡、遺品が遺されています。
チェンセーン美術は、大きく二期に分けられ、初期タイプは、蓮の蕾のような宝珠形の宝珠 光に大きなな羅髪で、顔は丸顔で肉付きの良い体型で、左肩のサンカティー(胸に垂れる 細い布)は短く胸の上で止まり先端はサソリのはさみのような形で割れています、座法は 結跏趺坐です。
この作品は、後期タイプに属する、タイでチェンセーン シンサームと呼ばれる様式で、ラ サミー(頭の肉髻の上の突起)もスコータイ美術の影響を受け、火炎形で、羅髪も小さくな り左肩のサンカティーも腹までのび長くなり、座法は半跏趺坐になります。
小像ながら蓮華座の古雅な雰囲気の堂々とした、造形に乱れのない美しい仏像で、一部
にオリジナルの鍍金も残ります。 |
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仏陀坐像 sa52
ビルマ マンダレー・シャン様式 19世紀
材質 青銅 高29.5cm
シャン様式の仏像は、通常は肉髻の上に、スリランカやタイの仏像に見られる火炎光の変形した、徳利の
ような形のものを戴きますが、マンダレー王朝期の仏像様式から影響を受け、肉髪の上には何も表さない
シャン族の仏像です。
大きめな肉髻に細かな羅髪で、羅髪と額の間にマンダレーの仏像に見られる太めの帯状の線が見られ
ます。
うつむき、閉じた眼は瞑想する姿を思わせ、眉には眉毛を鏨で毛彫りし、鼻筋の通った鼻と結んだ口に
釈迦の成道(悟りの完成)へ向かう静かながらも強い意志を感じさせられます。
右肩に衣を少しだけかけ、右上半身を見せた偏袒右肩の着衣で大衣の衣文も美しく、坐法は結跏趺坐
で裳裾も陽鋳で表し、まとまりの良さを見せます。
触地印(降魔印)を右手で結び、左手にはミロバランの小さな実を持ち、
手には関節と爪を刻みます。
青銅で台座まで一鋳として、漆を下地に、すべて金箔で荘厳し、唇と三道(咽の三本線)などに紅をさし
ます。
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ブアケム(ロータス ブッダ・蓮の仏陀) sa 37
ビルマ(ミャンマー) シャン王国(現シャン州) 17世紀
材質 ブロンズ 高36cm
ミャンマー東北部に住むタイ系シャン族の仏像でタイではブアケム(ブアはタイ語の蓮を意味します、ケムは針)
と呼ばれ、頭に蓮の葉と蕾を乗せています。
通常は、降魔印をとることが多く、このように手に蓮の蕾を持つものは非常に稀です、手に三本の蓮の蕾を持ち、
茎を支える左手には、インドシナ半島で産す落葉喬木のミロバランの実を持っています。
日本では訶梨勒(カリロク)、または「訶子(カシ)」などと呼ばれ、奈良時代に鑑真和上が日本に始めてもたらし,
薬効があり邪気をはらい、霊力があり諸病を癒すといわれています。
室町時代、足利義政の時代より実の形を模した袋に入れ邪気払いとして書院などの柱に飾りました。
胸飾りは、同時代タイのアユタヤ宝冠仏の胸飾りに近いものを付け、観音などの菩薩ではなく、仏陀です。
この仏像は個人の財産、収入が増え、災害などから守ってくれると考えられました。
台座の下部には文字が刻まれています。
バランス的に大きな額と頭部で、背中の太い首、超人的、超能力的な霊力を感じさせる作品です。
台座にある、銘文を研究者の方々のご好意とご協力により、読むことが出来ました。
文字はビルマ文字、シャン語などパーリ語も含まれておりました。また、下記の解読文中の「タラタン」様の
敬称を王(藩王)と致しましたのは、名前「タラタン」に続く敬称が大臣などの官職以上、少なくも藩王(大名)
以上につけられる敬称であることから、王(藩王)と記載いたしました。
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仏陀坐像 Sold
ビルマ(ミャンマー) マンダレー様式 19世紀
材質 漆・ガラス・金箔・木(チーク)・石 高 75cm 幅60cm
ビルマのミンドン王(在位1852〜78年)がアマラプーラから1858年に遷都し、マンダレー王城の
外周は仏歴2,400年を記念して2,400ター(約10キロ)に設計されたといわれます。
このマンダレーでは、建築、彫刻、美術、文学など数々のビルマ文化が開花しました。
マンダレー様式の仏像は主に石(大理石)や木に漆とガラスで仕上げた仏像が多く、この仏陀
坐像も木彫りに漆で仕上げ製作されています、触地印(降魔)に結跏趺坐し、偏袒右肩で衣には、
漆で蔓草文様をあしらいガラスを花模様に埋め込んで装飾してあります。
目は玉眼で石をはめ込んでいます、マンダレーの目は二重瞼が多いものですが、この仏像は
珍しく一重のすっきりとした目元で美顔の釈迦牟尼仏陀です。
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クメール文字、パーリ語絵入り経典(プラ・マライ) sa 54
タイ ラタナコーシン美術 19世紀〜20世紀初頭
材質 コーイ紙 横68cm
パーリ語には固有の文字がなく、南伝仏教諸国ではそれぞれ自国語の文字で表記しています。
タイ仏教経典では、パーリ語を記すためにクメール文字が使われ、パーリ語(パーリー語)経典が使用されます。
パーリ語の貝葉経典のほかに、お釈迦様が悟りを開かれるまでのお話や、プラ・マライのお話などが
絵入りで分かりやすく書かれ人々を導いた折本経典があります。
このような折本は、
コーイ(ムクバナタレボク)と呼ばれる樹木の樹皮を加工した紙に手書きでかかれます、この折本
は、プラ・マライが天国と地獄を訪れ、因果応報を説く、プラ・マライのお話が書かれています。
両面全面に経文と16場面の挿画が描かれていま。
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漆金彩硝子貼経箱 sa 20
ビルマ(ミャンマー) マンダレー様式 19世紀
材質 木・漆・硝子・金箔 経箱71X21X25cm(台込93X45X40.5cm)
マンダレーはビルマ、アラウンパヤー王朝(1752〜1885年)最後の王都で、ミンドン王により1858年創設され、
1886年全ビルマが英国に併合支配されるまで続いた王都です、また第二次世界大戦時には王城に日本
軍の司令部が置かれていました。
このマンダレー様式の経箱は、パーリー語のビルマ上座仏教経典を収める経箱で、ビルマでタヨー漆と呼
ばれる技法とマンシーシュエチャ漆の技法で製作され、寺院に収められた経箱です。
側面を装飾するレリーフは、タヨー漆で造形彫刻され、厚みは1cm〜2cm程の立体的なものです、
経箱と台座は外れ、台座には植物と鳥の脚がみられます。 経箱の上蓋は、19世紀の製作時は上から被せるものでしたが、20世紀中頃に蝶番と前面に鍵が取り付けれています。
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